台北からの定番、外さない日帰りコース
台北で1日だけ郊外に出るならどこへ行くべきか。地元の人に聞けば、答えはほぼ決まって九份と平渓線だ。瑞芳エリアの霧がかった山あいを巡るこのルートには、太平洋を見下ろす斜面に張り付いた元金鉱の町、紙のランタンが線路からそのまま空へ昇っていく小さな鉄道、台湾の小ナイアガラと呼ばれる滝、そして猫が主役の集落までが詰まっている。しかもすべて、台北から在来線でおよそ1時間圏内である。
九份:ゴールドラッシュの路地と提灯の茶芸館
九份はもともと静かな山あいの集落だったが、19世紀末に近くで金脈が見つかると一気に鉱山町として栄えた。急な石段に沿って鉱夫の家、商店、茶楼が折り重なるように建ち並び、金が尽きた後もこの立体的な町並みだけが残った。それこそが今、世界中の旅行者を引き寄せている。
町の中心は基山街、いわゆる九份老街だ。幅2メートルほどのアーケード状の路地が山肌に沿ってうねうねと続き、ピーナッツアイスクレープ、魚のつみれ、焼きしいたけ、そして名物の芋圓(タロイモ団子)の店が軒を連ねる。芋圓は阿柑姨と頼阿婆という二大老舗が有名で、温かいスープでもかき氷のせでも楽しめ、海を見下ろすテラス席を持つ店も多い。腰を落ち着けたければ、豎崎路沿いの茶楼で台湾式の工夫茶を。安くはないが、山と海の夜景を前にした一杯には十分その価値がある。
最も有名な建物は、豎崎路の石段沿いに建つ阿妹茶樓。日が落ちて数百の赤提灯が闇に浮かぶ光景は、台湾を代表する風景のひとつだ。この景色を映画、千と千尋の神隠しと重ねる人は多い。宮崎駿監督自身は九份がモデルという説を公式に否定しているが、それでも連想は消えることなく語り継がれている。夕暮れの石段に立てば、その理由は自然と腑に落ちるはずだ。
注意点をひとつ。昼前後は団体客で猛烈に混み合う。九份が本領を発揮するのは午後遅くから夜にかけて。夕日を眺め、提灯が灯るのを待ち、日帰り客が引き上げた後の老街をゆっくり歩くのが正解だ。時間に余裕があれば、九份からバスで数分の金瓜石まで足を延ばすのもいい。黄金博物館では坑道見学や砂金採り体験ができ、200キロを超える巨大な金塊にも触れられる。九份より人が少なく、山と海の眺めは負けていない。
十分:線路の上からランタンを上げる
平渓線は約100年前、石炭運搬のために敷かれた支線だ。今では単線の線路が十分老街の家々のすぐ脇を走り、店先は通過する車両に触れそうなほど近い。列車の合間に観光客は線路の上に立ち、大きな紙のランタン(天燈)に願い事を書いて空へ放つ。警鈴が鳴れば全員が静かに脇へ下がり、列車が人混みの真ん中をゆっくり通り抜けると、また元通りに儀式が続く。
天燈は色ごとに意味が決まっている。赤は健康と平安、黄色は金運、ピンクは恋愛成就、青は仕事運。複数の色を組み合わせた四面タイプもあり、料金はおおよそNT$150〜250。店の人が筆を貸してくれるので、四つの面いっぱいに願い事を書き、飛ばす瞬間には写真も撮ってもらえる。週末の午後は身動きが取れないほど混むため、静かに楽しむなら平日の午前中が狙い目だ。
駅から徒歩20分ほどで十分瀑布に着く。馬蹄形に広がる滝は台湾の小ナイアガラと呼ばれ、遊歩道は平坦で標識も整い、入場は無料。複数の展望台から違う角度で眺められ、雨上がりの水量が増した姿はひときわ迫力がある。水しぶきに小さな虹がかかることも多い。園区の開放はおおむね9時から17時半までなので、帰りの歩行時間も計算に入れておこう。
猴硐の猫村、そして終点の平渓・菁桐へ
支線の入口手前にある猴硐は、かつて炭鉱で栄えた集落だ。閉山とともに人が去り、残ったのは猫たちだった。住民が世話を始め、今では100匹を超える人懐こい猫が屋根や石段、線路をまたぐ猫橋でくつろぐ猫村として知られる。駅周辺には選炭場の廃墟や運炭橋といった炭鉱遺構も残り、1時間ほどの散策で村の歴史を体感できる。どこか物悲しくも穏やかな空気が流れる場所で、猫好きなら外せない。猫には触れてもいいが、人間の食べ物を与えるのは禁物だ。
終点方面の平渓と菁桐には、より静かな老街と日本統治時代の木造駅舎、山歩きの道が残る。十分の人混みが苦手なら、ランタン上げはこちらでも楽しめる。
アクセスとモデルコース
台北駅から台鉄で瑞芳へ。15〜30分間隔で運行し、所要40〜50分、運賃は列車種別によりNT$49〜76。瑞芳からは二択で、788番か965番のバスで九份へ上る(約15分、NT$15〜30)か、平渓線に乗り換えて猴硐・十分・平渓・菁桐方面へ向かう。平渓線一日券はNT$80で乗り降り自由。列車はおよそ1時間に1本なので、各駅に掲示された時刻表を軸に予定を組もう。
実際に回りやすいのは、午前中に支線側から攻めるルート。猴硐で猫に会い、十分でランタンと滝を楽しみ、午後半ばに瑞芳へ戻ってバスで九份へ。海岸線を染める夕方の光を眺め、提灯が灯るまで滞在する。帰りのバス(965番で台北へ、1062番でMRT忠孝復興駅へ)は夜遅くまで走っているが、週末の夕方は乗り場に長い列ができる。人波に揉まれて並ぶくらいなら、茶楼でもう一杯飲んでピークをやり過ごすほうが賢い。
実用情報
現金は必須。屋台やランタン店、茶芸館の多くはカード不可で、ATMも少ない。悠遊カード(EasyCard)はこのルートの鉄道とバスすべてで使えるので、台北で事前にチャージしておこう。天気の確認も忘れずに。瑞芳の山地は台湾北部有数の多雨地帯で、冬は東北の季節風で一日中霧雨が続くことも多く、6〜10月は台風で一帯が閉鎖されることもある。季節を問わず薄手の雨具があると安心だ。混雑は平日が圧倒的に少なく、週末しか行けない場合は朝早く出るか、帰りを遅らせてピークをずらしたい。そして靴はしっかりしたものを。九份は町全体がほぼ階段で、濡れた石段はよく滑る。山あいでは日没後にバスと列車の本数が一気に減るので、帰りの最終便の時刻だけは先に確認しておくこと。